病と暮らす
                           その2

7月25、汗が凄くよく出る。すぐにパジャマが湿っぽくなってしまう。尿道の
カテーテルを取ってもらうことになった。このカテーテルは嫌いだ。この後の事は分
らない。私は心停止に近い状態になったそうだ。


気がつくと集中治療室だった。最初にドクターが「北澤さん、わかる!」との大声、
「いやー、病院だったから良かったよ。家だったら駄目だったよ」と私に言った。
そして右に千香さん、長男の嫁さん、左に長男、次男が来ている。何故か訳も無
く涙が出る。どうしてこの様な状況になったのか、皆目分らないが大変だったよう
だ。

 次の面会の時は三男が来ていた。どうしてか涙が止まらない。三男も元気そう
で何より。三男より「走馬灯は見えたか」と聞かれた。
ドクターから「紹介して」と言われたので「何ら取り得は無いけれど自慢の息子で
す」と紹介したら、「取り得が無いのに自慢はできないよ」と言われてしまった。
三男も忙しいので東京に帰ってしまった。次に帰福するのは10月頃らしい。
あまり無理せず一生懸命頑張れよ。


25日のお昼頃から28日の昼まで集中治療室にいた。その時の事。
おそらく朝方だろうと思うが、仕事で各本部の成果を集計している場面が出て
きた。
状況をいろいろ聞いている。同じものを2回、僅かの時間だろう、それを見て「こん
な時まで、生き急いだなあ」と実感した。もっとゆっくり大らかに生きるべきであっ
た。
こんな事になったのも種種のストレスが重なった事が大きな原因かもしれない。


何故集中治療室に居る破目になったのか。入院中、退院後に判って来た事を
取り留めなく記す。

 水を抜く為に入院したのだがその時に心房細動がある事が判っていたので
不整脈の点滴も同時にしていた。ところがその薬が私には合わずに心室細動を
ひきこしてしまった。誰にでも合う薬だが私には合わなかったそうだ。ドクターは
初めての事だと言っていた。

 心室細動になってしまった為、心停止に近い状態になった。それに一番最初
に気づいたのは枕元で看病してくれていた千香さんだった。
慌ててナースコールで看護師を呼び、ナースセンターではモニターで異常を察知
してすぐにドクターが飛んできたようだ。電気ショックを行って蘇生したとの事。


私は15年ほど前に一度心房細動との診断を受けていたので当時、薬を服用し
て治療をした。それ以来、殆ど症状が出る事は無く、稀に不整脈を感じる程度
であった。
15年間、山を歩いたが不整脈が影響した事は殆どないと思う。
 検診も受けていた。人間ドックにも入っていた。最近は今年の2月であったが
、心臓の異常は指摘は無かった。

 しかし今回7月20日の心電図は脈拍数160の頻脈だった。
今思い起こせば汗が異常なほど出ていた。尿の回数も多かった。顔もむくんで
いた。汗や尿については新陳代謝がいいな、顔のむくみはCIDPの治療で服用
しているプレトニゾロンの副作用だと思っていた。
これらは全て心不全の症状だったのだ。見逃していた、残念至極!


                 

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