佐渡のみち 

   
社殿は余計な装飾はありません。
簡素な造りですが品があります。
 
藁葺きの小さな能舞台がありました。
佐渡の文化水準は高かったのでしょうね。



   
 二宮(にくう)神社です。順徳上皇の二番
 目の皇女の住まいの跡とお墓があります。
 



   
 ここにも能舞台がありました  順徳天皇の皇女忠子の
遺骸を荼毘に付した跡です



   
七万の人口で、博物館を一つ
持っているというのはすごい事です
 



      



   
 小比叡山蓮華峰寺です  巨刹です。谷沿いに伽藍があります。



   
 道遊の割戸  



律令の刑罰の一つに流罪があります。この流罪は

奈良時代から明治の初めまでrあったそうです。死

罪に次ぐ重刑でした。しかし、八丈島、三宅島、御

蔵島などに送られるよりは楽だったとの事で、江戸

期でも早い時期(元禄十三年、
一七〇〇)には佐渡

を遠島の地とする事は廃止されました。
 
 



この時期までに、佐渡に送られた流人は二百人を超え

た人数です。いろいろな職業の人がいましたがその人

たちが都市の文化を佐渡に持ち込んだのではないか

と言われています。佐渡金山で酷使されて死んでいっ

たのは、流人ではなく無宿人と言われる人達です。

     



佐渡奉行所です



妙宣寺の五重塔です。  



小木街道からの真野湾です。



          真野湾の奇岩です 

訪れた時期  2011年夏     
 
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