熊野・古座街道


   明神から古座街道は右手に古座川が流れるよう

 になります。ここからは古座川筋で最も広い所です。



古座川にかかるセンスイ橋です(手前の低い橋)。

名前の由来は水が出ると橋が沈んでしまうから。

その向こうに大きな立派な新しい橋がありました。
 



   
 道の駅に近くはとても立派な道路です   



古座川の一枚岩です。この大きな崖が実は

一枚の岩なのです。これはすごい、驚きです。
 



地質学的にたった一種類の岩です。継ぎ目も

割れ目もありません。河原の人の大きさから

推測してみるといかに大きな岩かわかりますね。



藤堂藩の儒者斎藤拙堂(1797〜1865)が地元

の人に頼まれてこの岩を天柱岩と名づけました。
 
 



今津橋を渡ります 七川貯水池辺りでしょう



 
 周参見へ向かいます
川は周参見川に変わります
日本の奥地といったら言い過
ぎか、よくまあ、こんな所に家が。
  



   



滝つぼに水が落ち込む時の飛沫が雫となって崖の

上の道路上に吹き上がってきます。「雫の滝」と路

上に標識が出ていますが、そのような事から名前

がついたのでしょうね。
とてもきれいな水でした。



  中世と呼ばれる時代、熊野詣は流行しました

がその経路はいくつかありました。その中で

も代表的なものは、中辺路と呼ばれる街道

だったそうです。紀伊田辺まで出てそこから

東へ(つまり山中へ)入っていく道です。



他に大辺路というものもありました。紀伊田辺から

東へ折れず、そのまま紀伊半島の磯づたいに新宮

まで行く街道です。台風の季節には大波でとても

歩行を続けられないので古座街道という古い道を

緊急避難的に使っていたとの事です。右の写真は

新宮から古座へと向かう42号線からの熊野灘です。
  
 
 訪れた時期  2010年 春
 

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