高野山みち

   このお寺の敷地はかっての真田屋敷の跡です。

 その為、地元では真田庵と呼ばれています。



長い土塀は真田庵の塀です。正式名称は

善名称院といいます。高野山の末寺で尼寺

です。
瓦には真田の六文銭が見えますね。
 
 



   



   
 慈尊院・・空海のお母さんのお寺です  紀ノ川から慈尊院へと続く道路



  かっては高野山に登るのに七つの登山口がありました。

高野街道西口、京街道不動坂口、竜神街道湯川口、

熊野街道相浦口、同大滝口、大峰街道東口、大和街道

そして七つ目が粉撞口です。



上の写真の石段を登ると広場がひろがっています。

正面の奥に神社がありました。「丹生官省符神社」と

いう珍しい名前がついて世界遺産になっています。

ここから道は百七十九町石で高野山へと続きます。
 
 



   



これは町石です。町石というのは一

丈一尺の石柱で、山頂までの距離を知

らせる標識です。町石の頂が五輪の形

になっていて表面に梵字が刻まれてい

ます。標識であると同時に様々な菩薩

を表しているとの事です。山頂の大門

まで百八十基あるそうです。 
 
       




   
 高野山の大門です  
訪れた時期  2012年春
 
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