因幡・伯耆のみち

  大伴家持(718?〜785)が、因幡の国主として

赴任してきたのは、天平2年(758)の事で、家持

は既に四十を超えていたそうです。 この時代の

四十は今の六十にあたるようです。。



   
 大伴の家持の歌碑です  今日降っている雪のように良いこと
 が重なるようにと願っている歌です



   
 国庁跡 国庁の柱(因幡万葉歴史館) 



 



 



   
砂の美術館  砂の彫刻です



   
 淤岐の島です・・・古事記の世界
では鰐を並ばせ兎が浜へ渡りました
兎がだました鰐に衣服をはがされ
て傷ついた体を洗ったという池です。 
 



   
   鹿野領主、亀井茲矩が鹿野の町を造りました



   
 小さいながらよく区割りさ
れた昔の面影の残る町です
鹿野苑(ろくやおん)とは古代インドで釈迦
が悟りを開いた後,説法をした地名です
 



   
伯耆の国、一の宮、倭文(しとり)神社  安産の神様だそうです



   
 ここは倉吉・旧国名は伯耆の国 打吹城公園 



 



三徳山三仏寺の投入堂。この写真は

パンフの写真です。上の写真の階段を

上がった所の受付にありました。修験

者の役行者が投入れたとの事。それに

しても役行者の話はどこにでもあります 



   
 投入堂の遥拝所 コンデジのデジタルズームで
撮影しました。ちょっと厳しいな。
 



   
 この橋を渡って島根県に入りました 北前船で賑わった美保神社 



   
 神社の大鳥居の横には青い石畳
と古い家並み。昔の遊郭の通りです
 



   石積みの灯台です。この灯台は明治31年、フランス人

 技師の設計で、美保関に住んでいた石工により地蔵

 埼灯台として誕生したと案内にありました。 


 訪れた時期 2013年夏
 
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